最低限知っておくべきことは? そもそも「金融リテラシー」とは?

株式会社イノベーション・インテリジェンス研究所 代表取締役社長(当協会理事) 幸田 博人さん
「金融リテラシー」という言葉を聞いたことはありますか? 実は、金融リテラシーがあれば、資産を増やしたり、守ったりする際に大きな効果を発揮するのです。そこで今回は、『金融リテラシー入門(基礎編・応用編)』(金融財政事情研究会2021年)などの著書がある、イノベーション・インテリジェンス研究所社長の幸田博人さんに、「金融リテラシー」について、私たちが最低限知っておきたいことについてお話を聞きました。
――幸田さんは、京都大学で「金融リテラシー」の講義を行われていると伺っています。まず「金融リテラシー」とは、どのようなものでしょうか。
幸田博人さん(以下敬称略):「金融リテラシー」とは、金融や経済に関する基礎的な知識について言います。金融業界で働く専門的な人に求められるような高度な金融の知識や能力のことではありません。私たちが日常生活を送るうえで、そして将来のライフプランを描くうえで、誰にとっても必要な知識や判断力の一つとして不可欠なもののことです。
金融リテラシーがしっかり身についていれば、的確な形で金融商品や金融サービスを活用し、大きな失敗を避けながら、安定的に金融資産を増やしていくことにつながるでしょう。結果的に、個々人の方々の経済的な豊かさを得られる可能性が高くなります。
私は長年金融機関に勤務していて、金融庁での政策的な取り組みについて見てきました。日本で金融経済教育の必要性は強く感じています。金融庁では、年齢層別に「金融リテラシーマップ」をつくるなど、民間各方面と連携を取りながら進められていました。私の大学での金融リテラシーの講義では「これまで「金融リテラシー」の知識を身につける機会がなかった」という学生の声をたくさん聞きました。やはり「金融リテラシー」は非常に大切だと感じています。
――お金の話題としては、2019年の「老後資金2000万円問題」が出た際に大きな議論を呼びました。
幸田:そうですね、「老後の30年間で生活資金として2000万円も不足するのか?」と驚く声も多かったと感じます。これは、金額だけがやや独り歩きをしてしまった印象ですね。
この2000万円という金額は、夫が65歳以上、妻が60歳以上の夫婦のみの無職世帯で、毎月の不足額平均が約5万円強だったことから、30年の人生では不足額が約2000万円になる、という計算から導かれたものでした。
あくまでも平均値ですので、個人のライフスタイルや収入、支出、キャリアプランなどによって大きく変わるものです。ぜひみなさんにその趣旨は、ご理解いただけたらと思います。
しかし、この老後資金2000万円問題によって、個々人のライフスタイルとの関係で、将来の生活資金について議論が起こったことで、「人生100年代時代を生きていくには、金融リテラシーをどう身につけるか」と考える人が増えるきっかけにはなったと感じます。
どのようなキャリアプランを築くのか、どのように資産形成をしていくのか、いつごろリタイアをするのかといった生活設計を、少しでも考えるようになった人も多いのではないでしょうか。
――では、「金融リテラシー」として、どのようなことを身につけることがおすすめですか。
幸田:金融経済教育のありかたについて提示している、金融庁の金融経済教育研究会では、以下のように4分野・15項目を「最低限身につけるべき金融リテラシー」としています。
分野1. 家計管理
(1)適切な収支管理(赤字解消・黒字確保)を習慣にすること。
分野2. 生活設計
(2)ライフプラン(人生設計)を明確にすること。
分野3. 金融と経済の基礎知識と、金融商品を選ぶスキル
【金融取引の基本としての素養】
(3)契約をするとき、契約にかかる基本的な姿勢(契約書をよく読む、相手方や日付・金額・支払い条件などが明記されているかを確認、不明点があれば確認するなど)を習慣にすること。
(4)情報の入手先や契約の相手方である業者が信頼できるかどうかを必ず確認すること。
(5)インターネット取引の利点と注意点を理解すること。
【金融分野共通】
(6)金融と経済の基礎知識(単利・複利などの金利、インフレ、デフレ、為替、リスク・リターンなど)や金融経済情勢に応じた金融商品の利用選択について理解すること。
(7)取引の実質的なコスト(価格、手数料)について把握することの重要性を理解すること。
【保険商品】
(8)自分にとって保険でカバーしたい事態(死亡、病気、火災など)が何かを考えること。
(9)カバーすべき事態が起きたとき、必要になる金額を考えること。
【ローン・クレジット】
(10)住宅ローンを組む際の留意点を理解すること。
ア.無理のない借入限度額の設定、返済計画を立てることの重要性
イ.返済を難しくさせる事態に備えることの重要性
(11)無計画・無謀なカードローン・クレジットカードなどの利用を行わないことを習慣にすること。
【資産形成商品】
(12)高いリターンを得ようとする場合には、より高いリスクを伴うことを理解すること。
(13)資産形成における分散(運用資産の分散、投資時期の分散)の効果を理解すること。
(14)資産形成における長期運用の効果を理解すること。
分野4. 外部の知見の適切な活用
(15)金融商品を利用するにあたり、外部の知見を適切に活用する必要性を理解すること。
出所)政府広報オンラインより掲載。
幸田:このうち、特に大切なのは、まずは、1と2の「家計管理」と「生活設計」だと思います。個人が生活していくうえで、お金の管理や将来の生活設計は非常に重要です。収入の範囲でどのように生活をしていくのかという判断は一生続きます。それには、生活設計をしっかり立てて、いつ、どのようにお金を使えばよいかを考えていく必要があるでしょう。
そのお金の流れが整ったうえで、手元の資産を運用しようとしたときに、何に注意すべきか、運用方法はどうしたらよいのか、そもそも預貯金と投資はどのように違うのかといった基礎的なことを理解してから進めていくことが必要です。
例えば、利率についての単利と複利の違い、株価がどのように形成されるかなど、言葉は聞いたことがあるけれど、実はよくわからないことについて学んでおくことで、もし詐欺的なアプローチにあっても、それらにのせられ騙されることなく、自分の資産を守ることにつながると思います。
――詐欺にあわないように注意すべきことは、例えばどんなことでしょうか。
幸田:そもそもリスクが小さくて、大きなリターンを得られるようなアプローチは、気を付けた方が良いですし、きらびやかなことを言われて誘われることには、危険が伴います。まずは「リスクとリターン」の関係を押さえておきたいですね。リターンを大きく得ようとすると、リスクは大きくなります。リスクを小さくすると、リターンは小さくなります。
その仕組みを理解していれば、「元本割れなしで、高い利回り」といった虚偽の金融商品を見たときに、「ノーリスク・ハイリターンはありえないから怪しいな」と気づくことができます。
また、「必ずもうかります」「あなただけにこっそり教えます」という言葉にも注意してください。詐欺はいろいろな手法で勧誘してくるので、言葉に踊らされることなく、一旦冷静に考えることが必要です。
そして、株や投信などの有価証券の取引をする際には「金融庁に登録された業者か」を確認することも大切です。
――実際に、「金融リテラシーが高い人は、金融トラブルにあいにくい」というデータもあると聞きました。
幸田:金融庁の金融リテラシー調査(2022年)によると、金融リテラシーが低い人は、生命保険の加入時や資産運用をするときや、借入をするときに、他の商品と比較している割合が低かったり、お金を借りすぎていると感じている人の割合が高かったりというデータがあります。
「金融リテラシー」があれば、何かトラブルに巻き込まれそうになるときに、立ち止まって考えることができますし、他の専門家にも聞いてみたりと、少しでもトラブルを回避するような行動に出ることができますよね。
さまざまな知識があれば、生活をより安全にしてくれるでしょう。お金との付き合いは一生続きますから、「金融リテラシー」をぜひ少しでも身につけていただけたらと思います。